N.Nさん(40代)の体験談/出産当時37歳

 

5つの育児プランを立て、準備万端で出産

私は、36歳で妊娠し、37歳で出産しました。

 

高齢出産でしたから、出産後どうしたらよいか、計画はきちんと立てていました。

 

 

出産前に考えていたプランは、五つほどありました。

 

一つ目は、近くに頼れる身内も親戚もいないので、出産後は一人で育児をしていかなければなりません。

 

そのため、事前に必要な育児用具をすべて用意しました。

 

出産後、買い物に行くことができないと困るので、食料の備蓄も沢山しておきました。

 

冷凍できる野菜や、食材は冷凍庫に常備保存するようにしていました。

 

 

二つ目は赤ちゃんが生まれたら、子育て施設などに連れて行って沢山の人とふれあわせたり、家族そろって一緒にお出かけして遊ばせてあげたいということでした。

 

そのために、ベビーカーを購入し、出産前からお出かけできそうなスポットを沢山探していました。

 

 

三つ目は、いずれ大きくなって、幼稚園に入る時のために、どんなところがあるのか調べてみました。

 

幼稚園は近いほうが母子ともに負担がないので、できれば近場が良いなと考えていました。

 

 

四つ目は、赤ちゃんの衣類はインターネット通販か、お気に入りの子ども服専門店で買おうと考えていました。

 

出産前にかわいい洋服を見にいくなどして、これから生まれてくるわが子の想像を膨らませていました。

 

 

五つ目は、出産後は、初めは大変だろうけど、半年もしたら育児は楽になるだろうから、私も美容に気をつけて、美容室などに通いたいと思っていました。

 

事前に立てた計画どおりには全く進まず

このように、計画を立てていましたが、出産後状況は一変してしましました。

 

結論から申し上げますと、全く計画とおりに行きませんでした。

 

 

事前に常備保存していた食材は、主人が良く食べてしまい、あっという間になくなってしまいました。

 

産後、私はかなり体力が消耗してしまい、日々の育児をするだけで精一杯の毎日となってしまいました。

 

結局足りない食材は、インターネットを使って、主人がネットスーパーで購入することになりました。

 

 

生まれてきたわが子ですが、生まれた時からよく泣く子でした。

 

産院では、元気だねと言われましたが、泣き声が怪獣のように泣くので、外で泣かれると周りにいた人たちが振り返るほどの大音響でした。

 

知らない人、知らない場所、気に入らないことがあるとなんでもすぐに大泣きするので、外気浴も一日20分程度しかできませんでした。

 

この状態が一年近く続きました。

 

お出かけなどできる状況ではありませんでした。

 

 

幼稚園については、高層マンションが立ち並び、子どもの数が多い地域のため、3年保育を希望する場合は、ご近所幼稚園でも70名の募集に、200人以上が応募する状況ということが分かりました。

 

結局、近所の園に入ることはやめて、夫婦で話し合い、納得の上で決めた園は、少し自宅から遠くなってしまいました。

 

 

衣類については、初めての子どもの嬉しさからか、主人が大量に購入してきてしまいました。

 

かなりお金がかかったと思います。

 

 

出産後、育児が忙しく、美容室に行けたのは、出産後3年近く経ってからでした。

 

それまでの間、前髪は自分で切り、白髪は自分で染めました。

 

 

出産後は想像以上の体力の消耗と、育児の大変さで、思い描いていた計画の通りには全く行かず、苦労しました。

 

 

 

 

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