N.Kさん(40代)の体験談/出産当時35歳

子供は一人の感情ある人間

 

ママ離れできない子で自分の時間がつくれず

思った通りにいったことなんて何一つ無いんじゃないでしょうか。

 

 

夫にも積極的に関わってもらおう、当り前じゃないか、ぐらいに思っていましたけど、実際にはほとんど家に居ませんから、子供のお世話は100%自分でやることになるんです。

 

休みの日でもやっぱり自分でやった方が慣れていてスムーズにいくからやってしまうんです。

 

今考えると、夫に手取り足取りお世話の仕方を優しく教え込んでおけばよかったと後悔しています。

 

あと少し、子供が動けるようになったらパパの出番が増えてくるから、あと少し頑張ろうとそれを励みに過ごしていましたが、子供の人見知りが始まり、パパの事も拒絶してしまい、ますます夫の関わりが少なくなってしまいました。

 

そうなると、もう子供を預けて出かけるのも難しくなり、パパ大好きな時期がきても、ママ離れができずに苦労しました。

 

 

それでも幼稚園に入れば自分の時間もできるし、仕事も始めよう、そのために預かり保育など調べてから幼稚園も選んだし、小学生になった時は必ず働いている、そんなイメージでした。

 

しかし、ママ離れできないのに離された子供への影響は大きく、まるでうつ状態のような日々が続き、更には集団生活の洗礼とでも言いますか年中病気にかかってしまって休みがちだし、いつ幼稚園から呼び出されるか心配で、仕事を始める気にもなれませんでした。

 

 

他には、出産前は私一人で育児をしないように、預けて困らないように母乳もやめて、粉ミルクにしようと、道具を一式揃えましたが、実際には母乳がびっくりするぐらい出るようになってしまって、子供自身もよく飲む子で、気が付くと完全母乳育児になっていました。

 

成長が早い子で、準備していた服はすぐ着られなく

よく飲んで食べる子なので、みるみる体重が増え、重くてつらかったです。

 

まだまだ赤ちゃんで、常に抱っこしないと愚図るような時期でも重くて、重くて、用意してあったスリングや抱っこひもでは支えきれず新しいのを買い足す羽目に。

 

準備してあった服もほとんど着ることなくサイズアウト。

 

たかいたかいなんてしたことないです。

 

自分の体形維持のための産後用の下着は、家でくつろいでいるのにきつく締め付けられるのが煩わしくて、全く使いませんでした。

 

妊娠中の準備品はことごとく無駄になりました。

 

 

空いた時間にミシンで子供の服とか作ろうと思っていましたが、毎日疲労困憊で暇があったら寝ていたい。

 

ため込んだ家事を片付けたい。

 

趣味に充てる時間はつくれません。

 

子供の成長が想像よりも早くて、日々変わっていく子供に付いていくのに必死でした。

 

子供は親が思ったような行動をとらない

出産前に描いていたものは、やっぱり自分一人、もしくは夫婦だけの都合しか思いつかなかったので、「実際には子供は思ったような行動をとらない」ということは想像できませんでした。

 

言葉ではわかっていても、意味が理解できないような。

 

元気で活発で健康で単純な子供のイメージしかなく「手のかかる一人の感情ある人間」ということに思い至らなかったように思います。

 

自分や兄弟の小さいころと大体同じだろう、とも思っていました。

 

実際には全然違いました。

 

そのため、どうしてこんなことをするんだろう、どうしてうまくいかないんだろう、と言う気持ちが強かったように思います。

 

 

 

 

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