H.Nさん(30代)の体験談/出産当時30歳

家では離乳食を食べてくれないわが子

 

本を参考に離乳食を作るも、食べてくれないわが子

私のこれまでの子育てて、理想通りにいかずに苦労したのは離乳食です。

 

 

もともと料理は好きな方なので、離乳食を開始したときは手間もそこまで負担に思うことなく、すりつぶし粥などすり鉢で作ることにも楽しみを覚えていたほどでした。

 

しかし、私の誤算は、子どもが離乳食を食べてくれなかったことです。

 

離乳食の本を参考に、あれもこれも作ってみたいと思っていたのに、いざ作ってみるとどれも不評。

 

ほとんど食べてくれませんでした。

 

お粥はもちろん小さじ1から始めていたのですが、10か月になるまで小さじ2程度しか口にせず、離乳食を進めようとすればするほどにおっぱいへの執着も強くなっているようでした。

 

 

まだ粒が荒かったかと、すり鉢で多めにつぶしてみたり、フードプロセッサーを使ってみたり、こしてなめらかにしてみたり、思いつく限りの工夫をしてみてもまったくダメ。

 

少し口にしては、もう要らないと拒否される毎日でした。

 

お粥がダメならパン粥に、うどんに、そうめんに、パスタに…と、素材を変えてみても初めてのときは物珍しさにパクパク食べてくれるものの、3回目あたりからはやはり拒否が始まるのです。

 

そのうちネタも尽き、離乳食の本はほこりをかぶり、どうせ食べてもらえないからと、形ばかりのものを整えては残される日々を送っていました。

 

 

10か月に入ったころ保育園へ入園。

 

様子を聞いてみると、保育園では普通に食べているとのことで、ますます自宅での離乳食に自信を失ってしまいました。

 

園での食事がどのようなものか知りませんでしたが、お友達と食べるご飯の楽しさに目覚めたのか、保育のプロは食べさせ方・盛り上げ方が上手なのかといろいろと探ってみていました。

 

試しに白米をあげるとパクパク

そんなある日、子どもとの食事中、様子を見ていると、私の食事を食べたそうにしています。

 

当時子どもにはまだ軟飯をあげていたのですが、ものは試しと自分の食べている白米をあげてみることにしました。

 

すると、どんなに頑張っても小さじ3しか食べなかったお米を、パクパクと食べ始めたのです。

 

そこで、御飯だけではなく、おかずも少し硬めの、大人のものに近付けて作るようにしました。

 

あまり使わなかった調味料も使い、味付けもしてみました。

 

そのとたん、今までの苦労がうそのように良く食べる子になったのです。

 

 

育児書や離乳食の本では、初めはとろとろにして、徐々に硬くして、量も少しずつ増やして…などと書かれているので、それを読みながらほんわかとした離乳食タイムを想い浮かべていたのですが、私の育児では離乳食後期ころまで一気に飛んでしまいました。

 

 

今思うと、我が子は歯が生えそろうスピードも早く、大きく産まれてきていたので他の子よりも消化器官の発達が早かったのかもしれません。

 

それとは逆に、私は飲み込みやすさばかりを気にして、どんどん柔らかく、食べやすくしてしまっていたので子どもの食べる気を削いでいたのでしょう。

 

 

育児書通りにはいかないものだな、と痛感した半年でした。

 

 

 

 

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