M.Nさん(30代)の体験談/出産当時32歳

幼稚園近くの家を買ったのに…

 

幼稚園近くの家を購入したのに

今現在住んでいる家を購入する際、決め手の一つに「幼稚園が近い」というものがありました。

 

家の裏門から幼稚園の門まで1分もかからず、また園庭も家の窓から覗くことが出来て、将来子どもが入園することになったら安心だねと主人と喜んでいました。

 

 

ところがいざ子どもが生まれて、その子が来年入園という年になって園の情報を集めだすと、その幼稚園がとても人気があることがわかってきたのです。

 

週5日午後まで預かってくれて保育時間も長い。

 

預かり保育も充実していて、早朝・夕方・長期休みにも対応している。

 

英語や算数などの早期教育を実施、また歌唱指導にも力を入れている、等が人気の理由のようでした。

 

そして毎年、入園の面接を受ける為に抽選が行われていて、その倍率が5〜6倍ほどになるといいます。

 

近所枠というものがある園もあったそうですが、そこの園には設けられておらず、近所の恩恵は受けられませんでした。

 

近くにある幼稚園はどこも高倍率

仕方なく他の幼稚園の情報も集めだしましたが、次に近い園も非常に人気があり、そこも抽選が10倍にもなるとのこと。

 

次に近い園は線路を挟んだ反対側にあって少し遠く、またブランド制服を採用している為に制服代が高くついて、他にも特に特徴がないと噂の園でした。

 

しかしその園は抽選等はなく、出願すれば入れるとのこと。

 

ですので、近所の幼稚園を第1希望にして、ダメ元で倍率10倍の幼稚園、そして滑り止めとして遠い園を受けることにしました。

 

 

なにせ入園する為には抽選に当たらなければいけないという運の問題なので、何か努力が出来るわけでもなく、ただただ祈って過ごすのみ。

 

神社の近くを通った際に神様に手を合わせ、抽選に当たりますようにとお願いをするくらいしかできませんでした。

 

実家の父親の手も借りて、家族総出で抽選会へ

そして、願書提出日。

 

上にあげた3園の提出日は同じ日だったので、自分と主人と、実家から父親に応援を頼んで来てもらい、それぞれが朝一で各園に向かいました。

 

1番最初に抽選が行われたのが父親に頼んだ10倍の幼稚園でしたが、箸にも棒にもかからず。

 

キャンセル待ちの番号にも当たりませんでした。

 

そして次がいよいよ本命の近所の園の抽選です。

 

こちらは自分が出向いたのですが、やはり倍率5倍の壁は厚く落選。

 

キャンセル待ちを希望する名簿に願いを込めて連絡先を記入し、幼稚園を後にしました。

 

その後滑り止めの幼稚園へ出向き、子どもと一緒に親子面接を終え、ひとまず出来ることは終わりました。

 

 

午後になり、滑り止めの園から合格の連絡が来ました。

 

そして2時間後までに入園手続きをしに来て欲しいと言われました。

 

しかし自分はまだ近所の園からキャンセル待ちが出たと連絡が来るのではないかという希望が捨てられず、主人にもギリギリまで待って欲しいとお願いして、いつ電話が掛かってきてもいいように電話を見つめ続けました。

 

しかしいくら待っても連絡は来ず、結局滑り止めの園に入学手続きを行いました。

 

園からの子供たちの声を聞くのも辛い

その日から、隣の園から聞こえてくる楽しそうな園児たちの声を聴くのが辛い日々がしばらく続きました。

 

あの時、主人が抽選していたら…父親がしていたら…。

 

今更考えてもしょうがないことをずっと悶々と考えていました。

 

 

でも子どもの幼稚園の制服の採寸に行った際、制服に腕を通し嬉しそうな子どもを見て、いつまでも自分がこんな気持ちではいけない。

 

「この子には近所の園には縁がなかっただけ、こちらの園にご縁があったんだな」と段々意識を変えて行けるようになっていきました。

 

 

子どもが今の園に通いだして2年目、毎日本当に楽しそうに幼稚園に行っては楽しそうに帰ってきます。

 

自分も園のお母さん方の知り合いがたくさん出来て、自分自身もこの園にしてよかったと思えるようになりました。

 

 

引っ越してきた当初の計画通りにはいかなかったけれど、今の生活も結果的には良いものになり本当によかったと思っています。

 

 

 

 

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